2022年6月21日(水)校外学習・日野
2022年06月25日

2022年6月21日(水)校外学習・日野

43期地文

43期地文

• 草津市

滋賀県レイカディア大学に2020年10月に入学した43期地域文化学科の学生のブログです。 地域文化らしい授業、懇親活動等を主にアップしています。

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『梅雨の日野 ゆっくりと歴史をひも解く 太子伝かな』  (敏雄)

山元一博先生の『近江聖徳太子伝承の背景を探る』の授業の一環として今日は、午前は、講義と「郷土料理」、午後は鬼室神社と西明寺の見学でした。

10時から近江商人ふるさと館「旧山中正吉邸」にて

まずは、大広間で1時間の講義を受けました。

本日のテーマは「中世の太子創建伝承寺院」です。
中世の状況を調べる文献『総説 飛鳥時代寺院址の研究』石田茂作氏(昭和19刊行)によると46ヵ寺あります。山本先生は、その中の近江にあった11ヵ寺を中世の寺名・地名・現存の寺の関係を検討された結果、中世でも聖徳太子伝承を持つ寺院は、湖東南部に集中するというまとめで、講義は終わりました。

 続いて、館の方から旧正吉邸の歴史ガイドをしていただきました。<蒲生定秀(氏郷祖父)時代からの日野の治世><近江商人の歴史~お椀・薬の関東への行商から味噌・醤油業の店への発展><旧正吉邸の建造物>についてお聞きしました。

しばらく思い思いに邸宅の見学タイム~

〇運よく、6月26日まで「日野祭 850年の歴史」展が開催中<!-- PARAGRAPH_BREAK -->いよいよ、お楽しみの<b>「郷土料理」</b>をいただく時間です。<br>このお料理は、日野の町とお料理が大好きなおばちゃん達が運営する「日野の伝統料理を継承する会」の皆様のボランティア活動で、心くばりが至る所に感じられました。<br><img src=
〇運よく、6月26日まで「日野祭 850年の歴史」展が開催中<!-- PARAGRAPH_BREAK -->いよいよ、お楽しみの<b>「郷土料理」</b>をいただく時間です。<br>このお料理は、日野の町とお料理が大好きなおばちゃん達が運営する「日野の伝統料理を継承する会」の皆様のボランティア活動で、心くばりが至る所に感じられました。<br><img src=

日野の郷土料理「鯛そうめん」御膳
<メニュー> 鯛そう麺・胡麻豆腐・白和え・丁字麩の辛子味噌和え・日野菜寿司・お吸い物・日野菜漬 (お料理は2000円)
鯛そうめんは日野祭りの日、お店(おたな)だけが出せた特別なお料理。この器「復興日野碗」は漆塗りで、格別のおもてなしでした。

どれも本当に美味しくて

「舌鼓」を打っていただきました。

その会長さん(かな?)からのご挨拶を受け、コロナ禍で、団体の受けたのは2年半ぶり!とお聞きして、今日の「おめでたい(鯛)日」を、共に喜びました。

~歴史をたどる<聖徳太子伝承✖渡来人を祀る神社に>~

 ~江戸期は、不動明王を祀る不動堂と言い、『聖徳太子伝歴』に記載の、太子伝承に多い「人魚墓」とこの場所は一致する。
しかし文化2年(1805)、藩の歴史調査で 渡来人の高官・鬼室集斯の墓碑が、この本殿裏から発見されて一変した。明治期は西宮神社の名になり合祀され、昭和30年からは祭神を鬼室集斯とする『鬼室神社』に改名されたのである。
    ~人魚墓(太子伝説は)は~いったい何処に…。

社殿の裏に、歴史的新事実が…
社殿の裏に、歴史的新事実が…


石祠の中に墓碑がある
石祠の中に墓碑がある

 2時を過ぎて、再び車の列を組んで丘陵を走りました。綿向山登山口の標識をさらに登ったドン付き、『西明禅寺』に到着しました。


<Mさん、恩師和尚との再会 叶わず>
9年前に、三十三か寺巡りでこの寺を訪れた。朱印帳を差し出した時に、和尚の方から、約50年前(高校の部活顧問)の教え子の私に気付き声をかけて下さった。 しかし、今日山門で迎えてくれたのは若い住職。尋ねると、5年前に恩師が、その2年後に伴侶も亡くなられたと伝えられる。(合掌)

50年ぶりに再会した時にいただいた恩師手作りのお守り
50年ぶりに再会した時にいただいた恩師手作りのお守り



お仏壇広間に上がると、住職さんは、「お経をあげますから」とおっしゃって、即、『般若心経』と『大悲心陀羅尼』(祈祷と回向の経)を読経されました。「…三回忌回向…」の経文が聞こえた。訪問者に応えて、師の回向をしてくださったのでしょう。

そして、茅葺屋根の立派な本堂(観音堂)に案内していただきました。
特別秘仏(国宝)の扉は閉ざされていますが、お姿が拝めるようにレプリカの十一面観音立像が置かれています。脇には、平安時代の作とされる毘沙門天が厳めしく邪気を踏みつぶしておられました。

毘沙門天像-本尊と同じ平安期のものらしい
毘沙門天像-本尊と同じ平安期のものらしい


この扉の中に、国宝「木造 十一面観音立像」が安置
この扉の中に、国宝「木造 十一面観音立像」が安置


不動明王像
不動明王像

お寺のすぐ隣の『十二社』の鳥居下で
~「十二社」と「西明寺」と「大安楽寺」は綿向山の山岳仏教でつながっている~

十二社は紀州熊野の十二権現を勧請している
十二社は紀州熊野の十二権現を勧請している


この近くにある大安楽寺の看板
この近くにある大安楽寺の看板

~「十二社は、綿向山・竜王山の山岳仏教で栄えた修験道の場であり、西明寺も修行地の一つであった。「大安楽寺」は奈良時代に山中にあったお堂が現在地に遷され、平安時代中期から400年間栄えた大寺院であったらしい。西明寺はこの別院であったと考えられる。
        ~今日の小雨けむる綿向山&竜王山の稜線は確かに美しく、古人は「山の気」を感じたのであろう~

西明寺で 中央に僧侶にも入っていただき <合掌>
西明寺で 中央に僧侶にも入っていただき <合掌>

本日は、欠席された「大国柱の学科長」の為に、詳しく伝講いたしました。

そして、旧山中正吉邸の如し「頑丈な梁」の副学科長のお二人、下見までして、今日のお世話役、ありがとうございました。

文責 KN


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